東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11290号 判決 1974年3月25日
原告 漆原せき
右訴訟代理人弁護士 小口久夫
被告 学校法人文京学園
右代表者理事 島田イシ
右訴訟代理人弁護士 荒井秀夫
同 古川祐士
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
(一) 被告は原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物を収去して、同目録記載(二)の土地を明渡せ。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
(三) 仮執行宣言
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二主張
(原告)
一 請求原因
(一) 原告は被告に対し、昭和三〇年七月二七日、普通建物所有の目的で、別紙目録(二)記載の土地(以下本件土地という)を賃貸して引き渡した。
(二) 被告は、昭和四三年三月頃、本件土地上の従来の木造建物を取毀して別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という)を建築したが、本件建物は堅固な建物であり、右契約に定められた用法に違反する。
(三) 原告は被告に対し、昭和四三年四月頃に到達の書面で、右契約違反を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(四) よって原告は被告に対し、賃貸借終了に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。
(被告)
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は否認する。もっとも、被告が原告主張の頃、本件土地上の木造平家建建物(教室)に二階を増築したことはある。そして、この二階部分を増築するため、従前の平家建建物の周囲および天井(二階の床)部分に軽量鉄骨の柱および梁を用いたことは認めるが、これらはいずれも木造の二階部分を従前の一階部分と連結して建築するために用いたものにすぎず、土台部分を含めてボルトで締めただけの構造で、取毀しはむしろ容易であり、全体としては木造建築というべく、耐久性、耐火性、堅牢性からみても堅固な建物とはいえないこと明らかであるから、契約に定められた用法に違反するものではない。
(三) 同(三)の事実は認める。
三 抗弁
仮に本件建物が堅固な建物であって、用法違反になるとしても、
(一) 原告は、昭和四三年四月分から昭和四四年三月分までの賃料を受領しており、このことは、被告の用法違反を黙示的に承認し且つ右契約解除の意思表示を撤回したものというべきである。
(二) 原告は、本件土地以外にも土地を所有していて何ら生活上困窮していないのに拘わらず、被告において公共性の強い教育事業に供している本件建物および土地につき敢て収去明渡を求めることは権利の濫用である。
(原告)
四 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)の事実中、被告主張のとおり賃料を受領したことは認めるが、その余は否認する。賃料受領は承認の趣旨ではない。
(二) 同(二)の主張は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一 請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、本件建物を堅固な建物に該るとして、右賃貸借契約に定められた用法に違反すると主張するので判断する。
≪証拠省略≫によると、本件土地上にはもと木造平家建の建物(幼稚園の教室などに使用)があったが、被告は昭和四三年三月頃その上に二階を増築して本件建物を建築したことが認められる。そこで、本件建物の建築の方法および構造についてみるに、≪証拠省略≫によれば、本件建物は、既存の木造平屋の屋根(片流式)部分を取毀し、床および外周壁はそのままにして、既存建物の外側にH型鋼の鉄骨柱六本を建て(土台部分はコンクリート土台にボルト締めにしているが、地中梁はない)、その上に二階床梁としてH型鋼の鉄骨梁をかけ、二階床小梁、二階柱、屋根大梁、小梁にそれぞれC型鋼を使用して二階部分の骨組を造り(鉄骨の連結部はボルト締め)、その他の一階外壁軸組、床板、根太、天井下地、二階床板、根太、天井下地等の部分には木材を使用し、外壁は一階部分をラスモルタル、二階部分を不燃板(センチュリーボード)で各おおい、屋根はレヂノ鉄板互欅葺にした鉄骨および木材混用の構造であること、さらに≪証拠省略≫を総合すると、前記増築に際しては資格を有する者の作成した設計図もなく、厳密な構造計算もしないままに着工するなど通常の設計、施行の過程を経ない突貫工事で増築したものであり、その後昭和四六年一一月になって事後的に建築許可(増築)を得たものの、本件建物は都市計画法五三条の適用を受け、二階以下で且つ主要構造が木造、鉄骨造でかつ容易に移転し、ないし除去できるものであるという制限の下で許可されたものであることが認められる。
以上認定の事実に基づき、本件建物が用法違反をいう場合の堅固な建物といえるかどうかを検討する。
まず、「堅固の建物」に該当するかどうかの判定基準につき、当裁判所の見解を明らかにしておく。借地法二条は例示として石造、土造、煉瓦造の建物を掲げるが、建築技術が著るしく進歩した現在では、建築物の構造は立法当時よりはるかに多様であって、右の例示は現下の解釈の指針としてはそれ程重要な意味を持ちえないし、少なくとも、建築に用いられた材料のみを基準として堅固性を判定することはできない。同法の適用上、堅固な建物か非堅固な建物かによって生ずる法律効果の差異は、借地権の存続期間に現われるのであるから、両者の区別の基準としては、建物の耐久性を中心とし、あわせて堅牢性、耐火性ないし解体の難易性(これらは耐久性の程度と密接に関連しているといえる)を加味して判定すべきものと解するのが相当である。
そこで、右の基準に照らして本件建物をみるに、鑑定の結果によると耐久性の点は、主要な骨組に鉄骨が使用されているがその他は多く木材を使用しているため、建物全体を総合し且つ環境条件を加味すると一般木造建物よりやや優れている程度であり、堅牢性の点は、耐横力において通常の木造建物よりむしろやや劣り、地震などの際、不安がある(もっとも、この点は、一階鉄骨柱に筋違を施すことによって容易に補強でき、木造建物に比し数倍の耐横力が得られる)こと、耐火性は、木造の防火建物に相当すること、取毀しの難易については、結合部をボルト締めにしているので、鉄材を使用しているからといって一般木造に比較して難しさはなく、解体取毀し費用も一般木造建物と同程度かむしろ一ないし二割安いことが認められ、以上の点を総合すると本件建物は未だ非堅固な建物というべく、これを堅固な建物であると認めることはできない。
三 そうすると、被告には建物使用目的の違反がなかったことになるから、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 上谷清 谷合克行)
<以下省略>